2019年11月12日

剣心、怒りの九頭龍閃三連撃 ~るろうに剣心北海道編第20話『尋問終了』感想 ジャンプSQ2019年12月号(ネタバレあります)~

復讐の念に駆られた三島栄次の闘姿は、函館実検戦闘時の『角を隠した小鬼』ではなく、『角をむき出しにした鬼』になって、ついに宗次郎に発砲……。

と思いきや宗次郎に撃ったのではなく、凍座に撃った。もちろん弾丸の推進と回転に打ち勝つ握力で凍座はキャッチ。
縮地を持つ宗次郎が撃たれる可能性はからきしないとは思っていたが、そうきたか。
栄次は私怨より警察官としての使命を優先し、一時的に志々雄配下十本刀と共闘する決意をするが、逃げたり裏切ったりしたら絶対殺すと啖呵を切った。
張・鎌足・蝙也は『志々雄のクソ野郎』と言い切った栄次を快く思わず、皮肉と挑発を繰り返す。
しかし宗次郎は相変わらずニコニコ飄々として、こう言った
「志々雄さんの信念は『所詮この世は弱肉強食、強ければ生き、弱ければ死ぬ』
君は圧倒的に弱いが、もし僕たちを倒すようなことがあれば、それは志々雄さんの信念をも覆す純然な君の勝利。
僕は逃げも隠れもしないが、一緒に答えを探そう」


つまり、栄次が宗次郎たちを倒すようなことがあれば、志々雄の摂理通り『栄次が強く、宗次郎達が弱い』とも取れるし、志々雄の摂理が覆るとも取れる。
案外器の大きい宗次郎(というか幼少期に虐待を受けたためか、感情や嗜好に多大な制限がかかって何も考えていないだけ?)
ただ、しばらく十本刀と栄次の小競り合いは絶えず、それを安慈と永倉のどちらかがたしなめるということになりそうだが(あるいは後述の二元作戦を考えると、十本刀と栄次は引き離されるか)


復讐鬼になりかけていないことを『角が完全にむき出しにしていないようだが、いずれ伸び、隠し切れなくなる時がくる』
と期待の高笑いを上げる凍座。
それを見て、ついに剣心は激昂。
そういえば剣心、新月村で家族を殺された栄次が志々雄配下に仇を討とうとしたときに諭していたか。
「死んだ者が望むのは仇討ではなく、生きている者の幸福。
君もいずれは大人になる。
その時に、志々雄のような力で人を虐げる大人にも、村人のような暴力におびえ何もできない大人にもなるな
最期までお前を案じ続けたお前の兄のような人間になって、幸せになれ」
剣心からすれば、栄次を再び復讐鬼のようにすることを『猛者の育成』とうそぶく凍座が許せなかったのだろう。



怒り狂った剣心はその勢いで九頭龍閃を三連撃発動。これによって凍座はついに倒れた。
が、どうにも力任せ気味の勝利だったうえ、剣心の体には物凄い負担がかかってしまった。この分だとしばらく、剣心は実検戦闘の場には出られないか。

この辺りはドラゴンボールっぽいが(フリーザもセルも魔人ブウもそれぞれ配下や前哨の敵がいて、彼らは悟空の仲間が相手していた)
しかも、ついに凍座の目は剣心の『闘姿』を解析した。
それは、

『神速ゆえに静止する「竜巻」』

獣畜生はおろか神仏魔物でもない『自然災害』であり、風と神速の技を得意とする剣心らしいとも取れる。
凍座からすると神仏魔物なら倒せる手段があるものの、災害となると倒せる手段も思いつかない。
彼の底知れなさに期待しつつ、高笑いしながら凍座は『落ちた』。

そして、ついに次の実検戦闘が行われる場所が分かった。
『札幌』

『小樽』
の二元作戦。

剣心がこの戦いの反動で、斎藤も凍座に腕を折られて実検戦闘に参加できないとなると、残りの面々がそれぞれ札幌と小樽に行くことになるだろうか。
特に維新後、永倉は小樽に長く住んでいたから、妻子や故郷が荒らされないよう、確実に小樽に行くはずだ。
かたや剣客兵器側は、異號・凍座が本陣に戻され、覇號・寒郷豪人が樺戸集置監再建と脱獄囚人の動向を見るのに離れられないとなると
寡黙な髏號・雹辺、
落ち着いた感じの仁號・冬甲斐、
変號・冷泉のうち2人が出撃するはず。

(口うるさい宝號・霜門寺と、お約束で姿を見せない『と號』は出撃しないだろうなあ)
おそらく『いろはにほへと』順に格が高いとなると、七部隊将の次に格が高いのが地號・土居潜具羅で、凍座不在の箱館先鋒隊は彼が指揮を執り、次の実検戦闘に備えるはず。
他の部隊将とその配下の実力も知りたいところ。同時に味方の数も多い以上、集団戦闘は確実になった。
そこを闇乃武残党が遊撃隊として出撃し、剣心たちを引っ掻き回すか。


      


2019/11/13 
追記。

この後凍座は本陣に戻されるのはもちろんなんだけど、おそらく警察は許さないはず。
そこを土居の仲介で、改めて当初捕虜役だった権宮が入れ違いに警察の捕虜になると思う。


英訳。今回は甘詰留太のモノローグで行こうと思う。

きっとすべてがうまくいく.jpg


  

It's too late...mom...
When I was 10s, I thought all others as fool.
I had only confidence that I would become more wonderful adult than others.
When I became 20s, I feared becoming 30.
But I also thought that I would be naturally settled someday.
And when I became 30, I was impatient and impatient every day.
I couldn't do nothing but pretend as the adult.
And when I became 40 and everything became too late, I finally understood them:
That a person is just a old child if he's done nothing by own.
and that I was too old to do something.

(もう、遅いよ母さん……
10代のころは、周りがバカばかりに思えた。
自分はもっと、立派な大人になる自身だけあった。
20代になって、30になるのが怖かった。
でもいつかは自然に落ち着くとも思っていた。
そして30になって、毎日が焦りの日々になった。
大人を取り繕うことで精一杯で
そして40になって、もう手遅れになって、ようやく気付いたんだ。
自ら何もしなければ、人は、ただ年を取った子供でしかないということ。
そして自分は何かをするにはもう年を取りすぎてしまってたということ。
posted by SPIRIT at 21:10| Comment(0) | るろうに剣心北海道編 感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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