2018年09月21日

ガルパン小説『藤晩の2人』

ガルパン小説第2弾。とはいっても戯作中の戯作。

戦車道高校の親睦会で、島田愛里寿以外の8人の隊長が集まって交流会。
その中でお嬢様育ちのダージリンと西絹代が語り合うという話。

一応西ダジのつもりですが、恋愛的な描写はなく、趣味について語り合うだけ。しかも戦車についてはほとんど話題にならない。

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藤晩の2人


「まだあげ初(そ)めし前髪の 林檎のもとに見えしとき
前にさしたる花櫛(はなぐし)の 花ある君と思ひけり」
「祁山(ぎさん)悲秋の風更(ふ)けて 陣雲暗し五丈原(ごじょうげん)
零露(れいろ)の文(あや)は繁くして 草枯れ馬は肥ゆれども」

 ダージリンと西絹代が同じ方向を向き、異なる詩を口にする。戦車道のライバル同士で親睦会を開き月見をしているのだが、十五夜の中光る白い満月がぼうっと輝き、静かな風が頬を刺激する。バックは星ひとつない紺色。視界には芒の穂がなびく。それがあまりにも趣深いため、気取って双方好きな詩を口ずさんだのであった。
「ダージリンさん。それは島崎藤村の『初恋』でありますか?」
「絹代さんが口ずさんでいるのは、土井晩翠の『星落秋風五丈原』よね」
絹代とダージリンは顔を見合わせていう。
「ええ、私はとある文学館に行ってから、晩翠の詩がすごい気に入りまして。七五調の文体や、要所要所に歴史を感じさせる雰囲気がいいのですよ」
「でも、ちょっと男臭くない? 藤村の詩は流麗で女性的。同じく七五調の詩で、口に出しても読みやすいからいいのよ」
 ダージリンは例のごとく、取っ手付きの白いカップをもって紅茶をすする。絹代は渋染めの湯飲みに入った渋茶を一口含んだ。
 ブルーシートの後ろ、月から一番遠方で静かにカンテレを弾いていたミカは、こっそりと演奏をやめて椅子から立ち、両脚を動かして端っこに移動した。彼女は絹代が苦手なのだ。
「あの……絹代さん。ほしおつ……なに? それに、なんで藤村と晩翠が出たわけ?」
「『星落秋風五丈原』。諸葛孔明こと諸葛亮の最期を詩にしたものだ。みほもお母様から、三国志は正史も演義も読むように言われていたはずだが」
「ご、ごめんお姉ちゃん……最近忘れていて」
 おどおどと戸惑う西住みほに、姉のまほが例のりりしい声と落ち着いた雰囲気でいう。
(それにしても、優雅で品を好むダージリンと、突撃重視の絹代か。2人ともお嬢様育ちと聞くが、好みは正反対だな)
 まほはふと、こう思った。
こういう時は私服でもいいはずだが、皆々それぞれの学校の制服。ダージリンは長髪を結った金髪に横浜の人間らしい青いブレザーに黒いミニスカート、黒ストッキング。絹代はやや開かれた胸元の襟付きの外套に黄色いミニスカート、腰までかかる黒髪も健在だ。
「まほさんも三国志には親しんでいるのですか。なんとも話が合う」絹代はさわやかに、にっこりという。「私も演義以来、張飛に非常に親近感がわいておりまして、彼のように生きたいと思っているのですよ」
「でも張飛って、酒豪で下品な感じがしない?」ダージリンが異議を唱えてきた。「私は同じ豪傑ならば関羽かな。冷静で理知的で、主君である劉備をかばって非業の死を遂げる」
 みほは唖然としてしまった。嗜好が対照的なのもそうだが、何より――いささか遠いたとえではあるが――『エヴァンゲリオンで好きなヒロインは、アスカかレイか』のように2人が話しているからだ。
続いてダージリンが、
「晩翠も藤村も、それまでの俳句や短歌に代わる芸術『新体詩』の先駆者。2人が活躍した時代を『藤晩時代』というそうだけど。作風は違っていても、リズミカルな文書と題材がいいのよね」
「『吾輩は猫である』『坊ちゃん』の主人公の周りの人たちも、精神的娯楽として新体詩を作ることを求められていた。こうしてみると我々も、戦車以外にこういう話ができるのがいいかもしれない」
 戦車道一辺倒のまほがこんな言を口にするのは珍しく、絹代もダージリンもちらりと顔を見合わせた。
「ま、戦車道が坊ちゃんの好きな食い道楽のような、品のない物質的娯楽とは思いたくはないけど」
「あ、でも、華さんのお母さんは戦車を油臭くて無粋なものと嫌ってましたし」
 みほは苦笑いしながら言う。少し空気が白けたが、
「五十鈴のお母様は頑固なだけでありましょう」
 絹代は笑いながらいなした。
 りーりーと、鈴虫の音がかすかに聞こえ始めた。薄く黒い雲が白い満月をわずかに隠す。
「『丞相病篤かりき』か……」ふと、絹代は遠くの月を見ながら、「私も福田という名丞相がいなければチームを勝利に導けない『助けようのない阿斗』。この前のエキシビジョンマッチや大学選抜チームとの戦いで、つくづく痛感しました」
「お姉ちゃん、『阿斗』って」
「劉備の子劉禅で、蜀の二世皇帝な。先代に比べると暗君と言われていて、『阿斗に呆れる』という意味で『阿呆』という言が生まれたという話もある」
 みほはまた訳が分からず、姉にまた質問した。
「知波単は突撃が伝統的な美徳。それを変えるのは難しいものよ。こんな格言を知ってる? 『一隻の軍艦を造るには三年、新しい伝統を築くには三百年かかる』」
「イギリスのアンドリュー・カニンガムですよね」
はきはきと答える絹代に対し、ダージリンが落ち着いた声で話す。
「それに劉禅は二世皇帝としてはまだましな方。馬と鹿の区別がつかない二世皇帝もいたんだから」
 絹代はうなずいて、
「秦の胡亥ですよね。しかして『馬鹿』というとか」
「絹代さんはこんな言葉を知ってる? 『白い糸は染められるままに何色にも変ずる』」
「『三国志』『魏志倭人伝』の作者である陳寿が言った言葉ですよね。『周りの人間が有能なら善く、悪かったら駄目になるような人間』という意味で」
「劉禅はそう評されていた。考えてみれば私自身も、戦車に乗ってる時こそ大きく構えているけど、オレンジペコやアッサムといった有能な人に囲まれてやっていけるようなものねえ。
アールグレイさんから隊長の座を引き継いだ当初は私も、『不肖の子』『凡将』と言われていたものよ。その中で自分の在り方を自覚して、私の足りないところをあの2人に引き継がせた」
「周りが有能な人だからこそ今の自分がある、ということでございますね。それは私も同じです。辻つつじさんから隊長を引き継いだ身ではありますけど、突撃一辺倒で、『凡将』いや『愚将』なところがいまだに直ってない」
「有能な人材をどれだけ上に引き立てられるか、それが『将に将たる器』かどうかが試される時だと思うの。絹代さんは大学選抜チームとの戦いのとき、福田さんの意見を受け入れて善戦した。あなたは将に将たる器だと思うわ」
「ありがとうございます」
「その点はいい意味でダージリンも絹代も、関羽や張飛とは違っているのかもしれないな」まほが穏やかな声で答えた。「関羽も張飛も、自身の腕っぷしは強かったが、集団の中で人間関係を作ったり、配下を率いていくのには向かなかった。関羽は同僚に傲慢で、張飛は部下に横暴だった。結果的にそれが自分たちを破滅に導かせた」
「劉備に残ったのは諸葛亮だけだったから、痛ましい限りでござったでしょう。ぼちぼちこうして3人集まったのだから、私達3人で『桃園の誓い』やりませんかね?」
「やめてくれ、私たちはそんな間柄ではない」
「それに今は秋。明らかに季節外れでしょう」
 そっけなくまほにもダージリンにも断られ、
「ですよねー。あははは……」
 声をあげて絹代は笑った。
 それでもみほは想像できてしまった。劉備の格好をしたまほ、関羽の格好をしたダージリン、張飛の格好をした絹代が、桜の花びらが舞う中で腕を組みあい、
「我ら天に誓う!」
「生まれた時は違えども!」
「死す時は同じ!」
 と青空に向かって叫ぶ光景が。思わずぷーっと吹き出してしまった。当然3人の目が彼女に集中する。思わずそそくさと立ち去る羽目になった。
それを見送った後、再び月に向き合い、ダージリンは再び『初恋』の一説を口にした。
「やさしく白き手をのべて 林檎をわれにあたへしは
薄紅の秋の実に 人こひ初(そ)めしはじめなり」
「ひょっとして、ダージリンさん、恋をしてるのでありますか?」
 するとダージリンは白い顔をぽっと赤く染めて目を背けてしまった。絹代は喉の奥で「え……」と声を出す。
「いえ……。でも、私の友達がすっごく熱い恋をしたのよね」
「友達が、ですか」
「当初その友人の思い人は別の人に恋をしてたんで、友人は自分が仲介する形で、その2人を突き合せた。でも、結局その人の思いをあきらめきれず、流れ流された結果、その思い人と男女の関係に至った」
「え……」絹代は呆然として、「それって『寝取った』ってことなんじゃあ……」
「『イギリス人は恋愛と戦争では手段を択ばない』とはよく言うけど、それを地で行く人なのよ。当初その人と付き合っていた人と犬猿の仲になってしまった」
「それで」いきり立つ絹代と違い、まほは冷静だ。「どうなったんだ?」
「曲折の果て、結局振られちゃった」
「そうでしたか。自分から災いのもとを作った人間ゆえ、当然なのかもしれませんね」
「そのことで多少荒れ狂ったこともあったけど、今は新しい恋が実って落ち着いているそうよ」ダージリンは、ほっと安どの表情を浮かべた。「恋も大事だけど、その人保育士を目指して勉強してるみたい。母子家庭だから、同じ境遇の子供たちに寂しい思いをさせたくないって」
「そうでしたか……」絹代はうなり、「なんか複雑な気分です。私は恋愛したことがないし、もししてもドギマギするばかりだと思うけど。なんか罰とかないのかね、その子」
 するとダージリンが、敵意のあるとげとげしい目で絹代を見た。
「あ……すみません、そうですよね。ダージリンさんの友達でもあるんでしたよね、その子」
「いろいろあったんだろうが、立ち直っただけでも良かったんじゃないかな」まほが2人を仲裁してきた。「私たちは男っ気がないから、恋愛の本質なんて理解できようもないが、それができるのも若いうち」
「こんな言葉を知ってる? 『恋は盲目』」
 まほも絹代もうなずく。
(こうして横浜暮らしも長くなったけど、また会えるかしら……ワールドさん……)
 遠くにいる友人を思い出し、ダージリンは口ずさみ始めていた。
「『名も知らぬ 遠き島より』――」
「ダージリン、藤村の詩が好きなのはわかるが、『椰子の実』はちょっと季節外れであろう。新体詩にちなんだ秋の歌といえば」
「まほさんもわかりますか」
 絹代は感心したようにうなずき、その歌を先陣きって口ずさみ始め、続いてダージリンとまほが続いた。『荒城の月』の2番の節を。

秋陣営の霜の色
鳴き行く雁の数見せて
植うる剣に照り沿いし
昔の光今いずこ


「な、なんか話についていけない……」
 みほは椅子から立ってそそくさと後ずさり、ブルーシートの奥に逃げてしまった。
「ミホーシャ……あんた……戦車以外はからっきし……」
 8歳児ぐらいの少女(これでも高3)カチューシャが、みほをからかってくる。もっとも彼女も今までの話は全然訳が分からなかったらしく、あからさまにうつらうつらしているが。
「って、カチューシャさんも眠そうじゃ……」
「『'O sole mio sta 'nfronte a te(オーソーレーミーオ、スタンフロンテアテー)♪』。私はラブソングならこっちのほうが好きだな」
 団子を手でほおばりながら、アンチョビはカンツォーネの1節を高らかに歌う。
「アンチョビさん、それは……」
「知らないのか? イタリアのカンツォーネの代表にしてラブソングの代表でもある『オー・ソレ・ミオ』。『私の太陽』という意味だ。『'O sole, 'o sole mio(オーソーレー、オーソーレーミーオー)』♪」
 クラシックギターを抱えて歌い狂うアンチョビ。
「アンチョビがギターできるなんて、ちょっと驚きね。カチューシャもバラライカならちょっとできるかな」
 カチューシャの言葉を聞いて、みほの中に妙なイメージが浮かんだ。
 公園で相手の猫に背後から抱き着かれたボコられぐまのボコが「よかったのか、ホイホイついてきて」「俺はノ〇ケだって食っちまうクマだぜ」「お前俺のケツの中でショ〇ベンしろよ」と誘惑する姿がありありと浮かんだ。思わずぷっとなってしまう。
「ミホーシャ……。何がおかしいの? 私は大きく構える大将だから看過するけど、そうでなかったらシベリア送りよ」
「ごめんなさい、カチューシャさん。バラライカと聞いて『すごく大きいです』『お前俺のケツの中でショ〇ベンしろよ』って思いだしちゃって」
「みほ……それ全然違うぞ」
「あははは……」苦笑いしながら、みほは「ところで、さっきから気になってたんですが、この椅子はいったいなんなんですか……こわい……」
 みほは先ほど座っていた椅子のデザインを見た。赤色で、円柱に半球を乗せたようなデザインだが、頭頂にぎろりとにらみを利かせているような三白眼の目玉が2つついている。
「あれ、ミホ知らないの? What a surprise!」大げさにケイが驚いてみせた。「岡本太郎の名作、『座ることを拒否するいす』よ! 椅子に目や顔を描いてさながら生き物のようにして、椅子と座る人間を対等にしようとして作られたの。もちろんサンダース校で作ったレプリカだけどね。中を空洞にしたから簡単に持ち運べるわ」
 ケイはそう言っていたずらっぽく笑い、木の容器に入っている緑の団子を一つつまんだ。彼女の座っている『座ることを拒否するいす』も、黄色い色につぶらな黒目が2つついているが、口は不規則な曲線を描き、ゆがんだ笑みを浮かべていた。
「こんな言葉を知ってるかな」アンチョビの歌に合わせてカンテレを弾いていたミカが、「『顔は瞬間瞬間の発見だ、どんなものにも顔がある、グラスの底に顔があったっていいじゃないか』」
「Oh! 岡本の名言よね!! 人間の顔を芸術の極みと見極める!! 言い方はダージリンっぽいけど、ミカもよく知ってるじゃない!!」
 ケイは感心しながらミカの首に抱き着く。スキンシップに慣れてないらしく、ミカの額から冷や汗が流れた。
「これもケイが用意したものよね」カチューシャは杉の机に置いてあるコップを取り出し、「これもオカモトタローの作品なんだっけ、可愛いじゃない」
「Yeah!」
 ニコニコしながらグラスの底を眺めるカチューシャを気にしつつ、みほは横からのぞき込む。以前テレビで見た『太陽の塔』によく似たむすっとした顔がそこに刻まれていた。
(可愛い……? むしろ怖いじゃない……)
多少どぎまぎしつつも、みほは先ほど自分が座っていた赤い椅子に刻まれた2つの目を見つめた。確かに感じさせられるものがある。
(みんなよくこの椅子に座って平然と月見できるよなあ。それとももしかして、芸術を解せない野暮天は私だけ……?)
 赤毛のアンほどではないが、自身になかなかの想像力があることも気づかず、みほは落ち込んだ。


 たわいもない、ばかばかしい会話をしながら、月見の夜は更けていく。


終わり
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あとがき


どちらかというとこれは戯作中の戯作、テーマもこれと言って決めずに書いちゃいました。ただ以前自身のブログに『死せる孔明生ける仲達を走らす』をもじったサブタイトルで記事を書いたので、それをきっかけに『星落秋風五丈原』『初恋』と思い出したのをきっかけにこの話を着想しました。
西絹代とダージリンの接点はあまりないですが、どちらも『お嬢様育ち』ではないかということで、ファンの間でいろいろ想像が膨らんでいるようです。
というか、本来は天然で脳筋なはずの絹代が妙に知的な気が。
当初は晩翠の詩はミカに言わせようとも考えていたのですが、晩翠の詩はあまりに男性的で、ミカに合わないと思ったので、消去法で絹代に言わせることにしました。
僕も『西ダジ』というキーワードでこれを書きましたが、恋愛的な描写はなく、あくまで嗜好が合うという感じで書いてみました。ちなみに僕は絹代の感性に近く、つまり晩翠の詩や張飛が好きだったりします。
(僕の中の張飛は横山光輝版のイメージが強いんですけどね、つまり孫悟空にも似た外見で、酒豪で粗暴だが豪胆で義理堅いと。村の子供たちと戯れるシーンをアニメで見ましたが、それが妙に好きだったりします)


特に山もおちもない話でごめんなさい。意味としては……僕自身の藤村と晩翠の詩の思い入れを入れてみた感じです。ついでにケイを介して岡本太郎の作品の思い入れについても。


ケイが気に入っていた岡本太郎の『座ることを拒否するいす』はこんな作品です。
原宿の『岡本太郎美術館』で撮ってきました。
座ることを拒否するいす.jpg

座ることを拒否するいす2.jpg

座ることを拒否するいす3.jpg


ちなみに、小説中でアンチョビが歌った『O Sole Mio』はこんな曲です。



  
posted by SPIRIT at 23:24| Comment(0) | 自作小説(二次創作) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月02日

ガルパン小説『そど子のうれしい日』

このブログでは初めて小説乗っけます。
ガールズアンドパンツァー短編小説
『そど子のうれしい日』
そど子.jpg






当初は戯作のつもりでしたが、テーマを『親』と決めたらやたら重くなり、執筆に時間がかかってしまいました。
劇場版における学園艦下船後の荒れっぷりの件で父から叱責を受けたそど子が、親に対するけむったい思いを抱えながら1日を迎えることから始まります。
オリキャラとしてそど子の両親が登場します。また、戦車バトルはないのであしからず。

テーマソング
Kiroro『未来へ』
未来へ - Kiroro
[iTunes]未来へ - Kiroro




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「みどり子! お前何やってんだ!!」
 黒いカイゼル髭を蓄えた、黒い断髪で恰幅のいい、灰色の和服を着た男が、自分の娘を叱る。
「申し訳ありません、父上!!」
 男の向かいには、黒いおかっぱ頭、白いセーラー服に緑のミニスカート、胸元に黒いスカーフを身に着けた少女が土下座をし、その額を学園寮の灰色カーペットにこすり付けていた。声は甲高い。
「大洗女子学園が廃校になりかけたのは致し方ないし、そのせいで風紀委員をお役御免となって落ち込むのは無理もない。
だが、深夜にコンビニでたむろし、はては他校の生徒と喧嘩までする!
園(その)家の面汚しもいいところだ!!」
「申し訳ありません! 申し訳ありません!!」
 何度も娘のみどり子は、黄色い声を出して小刻みにカーペットに額をぶつけた。その細いうなじを、父の樫の木でできた杖がつつく。
「いいか!! 園家は徳川幕府で老中若年寄の大官まで務めた旗本の名家!! それをさらに遡れば、八幡太郎義家公にまで行き着くんだ!! 人々の模範となるべき家なのだぞ。お前一人の非行で、人々の尊敬と羨望を傷つけるのだ。人の期待に応えろ!!
まして、お前にはまだまだ先が長いんだ!!」
 野太い声で娘を叱ると、父は踵を返して寮の玄関へ行く。ようやくみどり子は顔を上げた。目はわずかに潤んでいる。
「元気出しなさい、みどり子」
 娘と同じおかっぱ頭で、桃色の派手な着物を着た女性が屈んで手を差し伸べた。みどり子の母である。
「……ほんと、首に焼き鏝を当てられた気分でした、母上。秀吉と面会するときの伊達政宗も、こんな気分だったのでしょうか」
「こうして、父があなたを叱るのも、一人娘の貴女に期待しているからなのよ」父とは異なり、優しい声で娘をねぎらう母。「貴女の風紀委員長としての働きっぷりは、生徒会長も非常に評価してるという話じゃない」
「でも……完璧ではありません。まだまだ問題児はいます」
「それでも、貴女は必死に頑張っている」
「……」
 この娘は、大洗女子学園風紀委員長、園みどり子。
 通称・そど子。
 
 
 風紀委員の朝は早い。それを懸念して、午後10時にはそど子は床に就く。
 もともと学生寮に住んでおり、両親は近くのホテルで宿を借りている。
 明かりをすべて消し、視界にはわずかに丸い電燈が見えるのみ。後はほとんど真っ暗。
 白い布団を首のあたりにまでかけながら、彼女は物思いにふけっていた。
 聞くところによれば、うちの家は徳川幕府高官も務めた名家でありながら、幕末の混乱の中で落飾し、苗字も『園』に改姓して、この茨城県大洗まで落ち延びたという。
(そのあたりの詳細は、カバさんチームの野上さん(通称:おりょう)に聞けば分かるかな……?)
 厳しい父と、優しい母。
 2人の1人娘として、神経質かつ熱心に自分は育てられた。そのことは非常に感謝している。いずれは自分と同じ、名家の良妻賢母になることを、両親は期待しながら教育してきた。
 それは感激しているが、同時に非常にうざくも感じているのだ。
 年ごろの子供、反抗期の子供にはありがちな感情。精神年齢が発達してくると自然と芽生えるなのかもしれない。
 しかし、両親と子供の心の断絶は、ある意味自分は危惧している。
 それが長続きしたがゆえに、名家の出身でありながら、あるいは教育熱心な親の元で育ちながら、通り魔殺人を犯した凶悪犯に成り果てた人間もいるという。
(それに比べたら、自分のやさぐれっぷりなんてましなのかもしれない……いやいや、そんなこと考えちゃいけない)
 
 
 先ほども言ったが、風紀委員の朝は早い。
 太陽も地平線から出かかる午前5時に、そど子は決まって起床し、シャワーを浴びて朝食につく。
 朝の献立も決まっている。今日はスピードと栄養を両立させるために、ハムととろけるチーズをトーストに挟んだホットサンドと、カット野菜をどんぶりに詰めて栄養を取る。
 メーカーはなるべく変えるようにしているが、さすがに飽きてきた。
 次はレタスでもいれてみようか。
 だいぶ日の光が差し込んだ中で、今度は弁当を自分で詰める。
 あらかじめカットされ、冷蔵庫に保管されていたキュウリをプラスチック製のパッケージに詰めていく。多少苦笑しながら。
 もちろん大洗女子学園には食堂があるが、決まって混雑するということと、自身ももうすぐ卒業して自立するので、節約する技術は身に着けようと思っているのである。
 それにしても、大洗女子学園が廃校になりかかった時にかじったキュウリは、妙にみずみずしくておいしかったような気がする。
 人参もカットし、あらかじめ油でいためた状態でジッパーに詰められ、冷蔵庫に保存されている。生で食べるよりこちらのほうがカロチンの吸収がいいそうな。これも楕円形の弁当箱の片隅につめる。
 あらかじめ切っておいた鶏むね肉に塩コショウを刷り込み、年季の入った赤い柄のフライパンで、オリーブオイルで炒める。今でこそ慣れているが、小学校の頃はぎこちなく、母にやさしく教えてもらったことを思い出す。
 繊維が柔らかくビタミンB1も豊富、しかも安価。食事のバランスを取るには肉としては最適だ。
 気が付くと、時計の針は午前6時を指していた。
 歯磨きをして、白い服と緑のミニスカートという制服に着替え、勉強机になっている銀色のデスクの向こう側の壁を見る。
 そこには、赤い大鎧と兜をかぶった髭の濃い武者と、黒い正装姿に笏持ちになっている老いた肥大漢が描かれた絵がある。
 源義家と徳川家康の絵(コピー)だ。
 2度、柏手を打つ。
 幼いころからの習慣だ。
「南無八幡大菩薩。南無東照大権現。今日も勉学及び風紀委員の仕事を全うできるよう、御神力を垂れ給わん」
 その錦絵に挟まれた掛け軸も見る。赤い字ででかでかと書いている。
『蒔かぬ種は生えぬ』
 
 
 午前7時には、学校の事務室に行き、さっそく庶務に取り掛かる。
 黒地に白く『風紀』と書かれた腕章をつけて。
 むろん戦車道を含む書類も含まれるが、それ以外の書類が非常に多いので、そちらから手を付ける。
 女子相撲部、女子サッカー部、女子野球部……等など、部費関連等の書類がうずたかく積みあがっている。
 バレー部復活の嘆願書まである。バレー部(アヒルさんチーム)の者たちも戦車道に打ち込んでおり(というより、バレー部を復活させるために戦車道で実績を残そうと考えていたようだ)、気心の知れた仲なのだが、嘆願書には一言、
『根「生」でバレー部を維持していきます!』
「いきなり字間違ってるし……ま、部立ち上げの裁量は生徒会にあるから、回してはおくけど……」
 呆れながらも、とりあえず届け出用の書類としては一番上に置くぐらいの情けはかけてやる。少し前の自分では考えられなかったことだが。
 側近格の後藤モヨ子(通称:ゴモヨ)と金春希美(通称:パゾ美)はまだ来ていない。
「精が出るねえ、園ちゃーん」
 声をかけられたので、そちらを向く。3人の少女がいた。
 干し芋をかじる、赤毛でツインテールの小柄な少女が、生徒会長の角谷杏。例ののんきそうな声でねぎらってくる。彼女を挟んで、プロポーションのいい茶髪のポニーテールの少女と、長身で片眼鏡、ショートボブの黒髪の少女が立っていた、
「学校が廃校になりかけた時には、すっごい荒れていたようだったから、本当に立ち直ってくれてよかったわ」
 茶髪のポニーテールの少女、小山柚子副会長が優しい言葉をかける。皆を守る母親的存在。
「その節は、本当にご迷惑をおかけしました」
 深々とそど子は頭を下げた。
「まあこうして大洗女子学園が廃校にならずに済んだのだ。まして風紀委員はこうして庶務を務めているのだからな。今まで以上に精を出してくれないと困るぞ」
 ショートボブで片眼鏡の少女、河嶋桃書記が厳しい注意を払ってきた。でもそど子はわかっている。いつも厳しいことをいうのは、ぱっと見いい加減で大雑把な生徒会長と、母性の強すぎる副会長とのバランスをとるため。実際、片眼鏡の奥のクールな切れ長の瞳には優しさが見えた。
(生徒会のみんなもまた、大洗戦車道チームの親として、がんばっているのかもしれない)
「河嶋さんには、学園艦下船時には非常にお世話になりました」
 再び頭を下げる。
 微笑を浮かべながら、3人は去っていった。
 
 
「そど子―! おはよー!」
 そど子よりおかっぱ頭が長めの少女が、入り口から声をかける。ゴモヨだ。
「おはよう」
 もう1人のおかっぱ頭、そど子よりわずかに髪の短い少女・パゾ美がぼそりという。
 ほかの風紀委員も、板製の床の待合室に集まったようだ。
 大洗女子学園の風紀委員は、伝統的に黒髪のおかっぱ頭にするという伝統があり、そど子は特にそれを守り、ほかの100人以上の風紀委員にも守るように勧めてきた。
 ところが、そど子、ゴモヨ、パゾ美以外の風紀委員はおかっぱ頭ではない。
 皆頭を覆い隠すように白い布を巻いている。
「サド香……」
 そど子が詰りながら、眼鏡をかけた釣り目の風紀委員の1人の白い布を取ると、おかっぱ頭ではなく、中途半端に髪を切ったモヒカン頭があった。慌てて髪を黒く染めたらしく、ところどころピンク色の部分が残っている。サド香はあからさまにばつが悪そうな雰囲気。
 ゴモヨとパゾ美も1人ずつ白い布を取っていく。やはり皆、中途半端に切って髪を黒に戻したモヒカン頭だ。
「私が言えた義理でもないんだけど、なんで女の子なのにモヒカン頭になるかなあ……。しかも集団でナナハンを乗り回してたってねえ……どっかのマンガじゃないんだから」
「まあ」この中では一番おっとりしているゴモヨが、「街の人達に迷惑をかけたのは事実なんだろうけど、むしろ同情の声が多かったと聞くよ。
『学校が廃校になりかけたんだから、そこの風紀委員も世紀末化するのは当然だ』
って」
「うまくないよ、ゴモヨ」
 パゾ美が突っ込んだ。
「とにかく、生徒たちの出席確認、いつも通りいくわよ。
『下船時のお前達はもう死んでいる』
ということを自覚しなさい」
「そど子もうまくないよ」
 パゾ美の再びの朴訥な突っ込み。
 100人以上の風紀委員に囲まれて外へ出ながら、そど子はふと思った。
(モヒカンはいいとして、問題はラオウ……)
 腕の時計を見る。黒いアップルウォッチで、デジタル時計の役も果たしてくれる。『これからの自立で大きく役立つだろう』ということで父がくれた。
 今は8時だが、門限は9時。
(ま、いつも通り、ラオウは門限ギリギリか、遅刻してくるんでしょうね……)
 
 
「おはようございます!」
「はい、おはよう。あなたは偉いね」
 学校の正門に到着した生徒たちを確認してから、登校者の名前を記録していく。病気や事情があって休む生徒たちは、皆そど子のスマホにメールを入れていく。
「ふんふん、今日は欠席する人は少ないわね……」
 登校した生徒の名を帳簿に記録しながら、そど子は向こうを見回す。……と、問題の人物が現れた。
 横一列になって談笑しながら歩く、4人の少女。
 1人は、ウェービングのかかったショートカットの茶髪に、白地の制服に赤いマントを羽織った人物、鈴木貴子(通称:カエサル)。
 2人目は、ドイツの名将校であるエルヴィン・ロンメル愛用と思しき緑色の軍帽(もともとは英国のらしい)をかぶり、クリーム色の外套を制服の上に来た金色の短髪の少女、松本里子(通称:エルヴィン)。
 3人目は、腰までかかる長い髪に、真田の六文銭の紋がつけられた鉢金をしていて、左目を常につぶっている(失明しているのではなく、意図的に目を閉じている)、杉山清美(通称:左衛門佐)。
 そして最後の1人が、幕末の知識に関してはほかの追随を許さない、赤ぶちの眼鏡をかけ、4人の中では一番グラマラスな少女、野上武子(通称:おりょう)である。
 実をいうと、そど子はおりょうがあまり好きではない。
 仲間3人もそうなのだが、制服に、尊敬する偉人を思わせる装飾をしているのがどうにも気に食わないのだ。生徒会長公認で風紀更生を行い、余計な装飾を外して強引に黒髪おさげ・三つ編み姿にさせたこともあったが、やりすぎて失敗したのを覚えている。(弐尉マルコ『もっとらぶらぶ作戦です』2巻参照)
 おりょうは坂本龍馬を尊敬しているという話だが、彼にあやかり、いつも猫背、もじゃもじゃの黒髪に、坂本家の家紋である桔梗紋がつけられた黒い法被を制服の上に羽織っている。
「おはよう、野上さん」
「おはようぜよ」
 風紀更生のことでやや遺恨があるのか、おりょうの返事はそっけない。それは重々そど子も承知している。頼みたいことがあるのだが、受け入れてくれるだろうか。
 やや迷ったが、くじけてはいけないと思いなおし、切り出してみた。
「野上さん、頼みがあるの」
「まさか」左衛門佐が前に進み出て、「また余計な装飾をはずせとか、我らの誇りを奪うつもりではあるまいな」
「まあまあ、そうではないだろう。我らをなめてかかっていると痛い目に合うと、十分そど子も承知しているはずだ」
 4人のリーダーのカエサルが左衛門佐をたしなめる。
 3人を気にしつつ、そど子はきつい口調をなるべく柔らかくして、頼みを言ってみた。
「幕末に老中若年寄を務めた大官の一族について調べてくれないかしら。そしてその中に、『園』と改名した一族があるかどうか」
「まて」一番遠くから聞いていたエルヴィンが口を出す。「『園』って、そど子の姓じゃないのか? まさか幕末の幕府高官たちの中に、そなたの先祖がいるとでも?」
「いや、それはおいおい……。やっぱり、野上さんでも無理……かしらね。幕末の老中なんて、安藤信正以外あまり有名じゃないし」
 断られるかな、と思いきや、ぱっとおりょうの目が輝いて、
「承知した! 腕の見せどころじゃ!! 幕末の幕府大官は旗本から選ばれることが多かったから、割とやりやすいぜよ」
 スキップしながら、校舎へと向かっていった。
「これ以上我らの誇りを奪うのなら、承知しないでござる」
 すれ違いざまの左衛門佐の喧嘩腰な台詞を、そど子は黙っていなす。
「私達の歴史に関する情報収集能力は、そなたもわかっているのだな」
 3番目にエルヴィンが、ほめているのか今ひとつわからないセリフを言い、
「左衛門佐のことは許してやってくれ、彼女が一番尊敬する人物への思いが深い故」
 最後に、カエサルが申し訳なさげに頭を下げながら過ぎ去っていった。
 
 
「門限まで、あと少し……」
 もう少しで9時になろうとする時計を見ながらつぶやく。
 目を凝らすと、案の定、カモがやってきた。
 ラオウが。
 茶色でウェービングのかかった髪を腰まで垂らす少女、武部沙織が、白いカチューシャのついたストレートの黒髪を腰まで垂らす、スレンダーな体形の少女の左わきを抱え、引きずるようにやってきた。とはいっても少女の重みで、沙織の足はふらついているが。
 長髪黒髪、切れ長の瞳、白いカチューシャをしている少女こそ、ラオウではなく、遅刻常習犯の問題児・冷泉麻子である。
「いつものことだけど……ラオウ、じゃない、れま子、でもない、冷泉さん!」
「あー……そど子か……常々思うが、なんで朝がいつもくるんだ……」
「そど子じゃない! 園みどり子よ!」
 麻子はいつものぶっきらぼうで、眠たげな口調だ。遅刻常習犯の癖に動ずる気配もなく、無表情で、言葉の抑揚も少ない。
「今回はぎりぎり間に合ったわね。でも、これからは余裕をもって、登校しなさいよ」
「あー……うるさいなあ……本当にそど子はおばあ2号だなあ……」低血圧の症状が重いとはいえ、相変わらずの自堕落っぷりだ。「助けてくれえ……今日も沙織におばあの声でたたき起こされたんだあ……沙織の陰謀だあ……」
「あなた、一度寝たらなかなか起きないんだからしょうがないでしょ」
 本当にあきれる。重度の低血圧があるとはいえ、251日の遅刻と12日の欠席(義務教育課程の授業日数は210日程度)。成績優秀・学年首席で、戦車の運転もすぐにこなしたから学校にいられるようなもの。そうでなかったらすぐに退学になるはずだ。
「あー……だりぃー……」
 そう言って麻子は、彼女を抱えている沙織のすぐ横で再びまどろみ始めた。
「まったく、遅刻の帳消しを取り消しちゃおうかしら」
「ほんと、ごめんなさいね、そど子さん」
 沙織がふらつきながら進み出る。仕方がないので、そど子が反対側の麻子の右わきを抱え、2人がかりで引きずるように麻子を連れることになった。
「むにゃむにゃ……どうして朝は眠いんだぁ……ドワッハッハー……妖怪のせいなのねー……」
 なんのたわけた夢を見ているのか。
「こんなことを言っちゃいけないけど」そど子は麻子がうつらうつらしているのを確認してから、彼女を担ぐ沙織にそっと切り出してみる。「ほんと、冷泉さんって自堕落よね。親の顔が見てみたいわ」
 すると、沙織の表情が陰って、
「あれ、そど子さん、聞いたことないんですか? 麻子は小学校のころ両親を亡くして、祖母1人によって育てられたことに」
「え……?」
 そど子は息をのんだ。いつも自分は幼少期から口酸っぱく父親に小言を言われ、母に慰められたのを覚えている。
 同時に、麻子の祖母であるおばあについても思い出した。
 学校が廃校になりかけて、自分が荒れて夜の街で戦車を乗り回していた時に出くわし、叱責を受けた老婆。ひょんなことから自分が背負って学園艦を案内することになった老婆。(劇場版Valkyrie,もっとラブラブ作戦です8巻参照)
 孫に似て無愛想で偏屈だが、彼女がくれたおはぎは、非常に甘くておいしかったのを覚えている。あの浅黄色の着物に包まれ白髪を結った、小柄でしぼんだ体のどこに、子供を幼少期から育てる力があるのだろうか。
 麻子の右わきを抱えたまま、ふと振り返ってみる。気が付けば校庭の茶色い固い土に、麻子の足跡は2つの轍となって残っていた。自分の足跡が断続的なのと比較して、妙に気になった。
 一見自堕落に見える彼女も、本当は必死に生きてきたのだろうか。
 
 
 授業をそつなくこなし、昼食の時間になる。
 仲間というより側近格のゴモヨとパゾ美に挟まれる形で、背もたれのない丸い椅子に座り、前の白いテーブルに例の弁当を置いて、昼食をとる。
「あれ、そど子、最近弁当にしたんだ」
「私もそのうち卒業して自立するからね。節約の練習ということで弁当を作るようにしてるの。親もうるさいし」
 目を凝らして見るゴモヨに対し、そど子はすました顔と淡々とした口調で答える。
 料理本を見ながらくどくどと小言を言ってくる父親と、自分のすぐ隣で模範を見せながらやさしく教えてくる母親の姿が思い出された。
「それならば、何も食堂で食べる必要はないんじゃない?」
 パゾ美がぼそりという。どこかぶっきらぼうで朴訥なのは相変わらずか。
「いいじゃない。みんな食堂で食べることが多いんだし、ここならばみんなが普段何を食べているのかも観察できるしね」
 これも、両親から他人をよく観察するよう諭された影響だ。話合わせのためにはいいらしい。
(父上も、母上も、変わらないなあ)
 パゾ美を往なしながら、そど子は目を凝らして(視力は2.0)周りの様子を見てみた。広い食堂には100人以上の生徒がいる。
 1年生のウサギさんチームはほとんどがハイテンション。歴女のカバさんチームは歴史トークをしているらしく、口をそろえて「それだ!」と叫んでいる。
(あんこうチーム……れま子は……)
 60度近く首を回すと、いた。
 あんこうチームに混ざって、うつらうつらしながら麻子は食事にありついている。
「麻子のために、食堂のおばちゃんが新メニューで、レバー丼を作ってくれたんだから、食べないと」
 隣の沙織が小突いてくる。麻子の目の前にある食事はなるほど、どんぶり飯の上に、から揚げにしたと思しき牛レバーの切り身が、茶色くこんもりと盛られている。
 麻子は重度の低血圧で、遅刻の常習犯なのもそれが原因だという話だから、これは効果があるだろう。まして牛レバーはニラやホウレン草よりも、鉄分の吸収がいいわけで。
 クンクンとにおいをかいで、しかめ面をしつつ麻子はレバーの肉にかじりつく。途端に彼女の顔が、これでもかというくらいシワシワの顔になった。レバーの独特な臭みが苦手なのか、それとも食堂で仕入れた肉が粗悪なのか。
「まずい……」
「何言ってんのよ、こうでもしない限り、貴方の低血圧は治らないでしょ」
 ごねる麻子に対し、沙織は無理やりレバーを食べさせようとする。
 あの小柄な老婆は、どうやってこんな癖の強くてわがままな彼女をここまで育ててきたんだろう。両親が亡くなって、自分1人しか彼女を守る存在がいないと思った、そのプレッシャーだからだろうか。
「あのおばあ様がいなくなったら、れま子は……。誰が守ってくれんだろう……」
 喉の奥で、そっとつぶやく。
 
 
 午後の授業も、放課後の戦車道の練習もそつなくこなす。
 が、戦車道の練習をして解散した後、杏が気づいたかのように、
「園ちゃーん、なんか今日のあなたは、心ここにあらずといった気分だったよー」
 切れ者で知られる生徒会長だ。鋭い。
 自分では戦車道の練習もそつなくこなしているつもりだったが、練習の時に5分もたたずに撃破されたのを思い出した。
「……すみません、れま子……冷泉さんのことを思い出してまして……」
「そうか……常々文句言ってるけど、ほんとはほっとけないんだね。でもね、あの子はあの子なりに、このままじゃいけないと思ってるんだよ」
 そうなのだろうか。
 そう思いながらも、そど子はゴモヨとパゾ美に挟まれ、目の前に100人以上の風紀委員全員がいることを確認してから、
「放課後の見回り巡回、気合を入れていくわよ! 買い食いでも見つけようものなら、即刻営倉行きよ!!」
「そど子、そこまでしなくていいんじゃない?」
 ゴモヨがたしなめるのも気にしないで、そど子は見回りに出発する。
 
 
「あ、れま子……じゃない、冷泉さん」
 見回りに回っていると、横断歩道を一人横切る麻子がいることに気づく。
「別にいいだろ、そど子。今回はまっすぐ帰るつもりなんだから」
「いや、もちろん、それならいいんだけどね。帰りに友達とゲーセンにでも行ってるかなと思ったのよ」
「そんなつもりはない。もっとも、帰りにスーパーで食事を買おうと思っていたんだがな。いったん帰宅したほうがいいか?」
「いや、いいわよ。ま、この近くのヨークベニマルならゲーセンもないし、余計な寄り道をせずにすむでしょう」
 気が付くとそど子は、問題のスーパーに向かって、麻子と肩を並べて歩いていた。
「おいおい、私一人を気にしなくていいだろう。帰りに寄り道する問題児なら、ほかにいるはずだ」
「うるさいわね!」彼女が気になる気持ちを必死に隠し、そど子はぶっきらぼうに言う。「あんたが一番不安なのよ。なんだかんだ言ってもゲーセンで遊びそうで」
「重ねて言うが、今時興味はない。それと、買い食いはNGじゃなかったのか?」
「家で食べるのならOKよ」
 いつの間にやら、自分も買い物をする気になっていた。
 財布の中が気になったので、カバンから革製の茶色い財布(これは自分で選んで買った)を取り出して中身を見てみる。
 少し顔をしかめた。
 外側は6つ、内側は8つのポケットがあり、その中にカード型の電子マネーや金色のICチップ付きのクレジットがびっしりと整理整頓されて並んでいる。
 が、小銭はおろか紙幣すらない。近頃めっきり現金を使わなくなったものだと思う。ATMの手数料がばかにならないので、なるべく現金を引き出さないように心がけていたら、自然とキャッシュレス生活が身についてしまった。
 やはり母親から、キャッシュレス生活を進められていたものだった。そのほうがポイントがたまりやすいらしい。クレジットの乱用を懸念して最初はためらっていたが、こうして慣れてくると便利なものである。
 隣の麻子も財布の中身が気になったらしく、スカートのポケットからこじんまりとした黒い財布を取り出す。が、取り出しただけで小銭がぶつかってると思しき低い音がじゃらじゃらなるのが気になった。
 彼女の足取りが朝方に比べて非常に軽くなっているのに気が付く。夜は元気なあたり、前世は猫ではないのかと思ってしまった。
 スマホでメールをする。
『冷泉麻子をマークし、そのまま帰る』
 と他の風紀委員にメッセージを送る。
 
 
 目の前にスーパーが現れた。緑とオレンジの鮮やかな文字で『York Benimaru』という看板があり、その下に平屋の分厚いガラスで取り囲まれた建物、その中で主婦や若い層、学生までもがたむろしている。
 一息つくと、入り口近くでなりやらごそごそという音が響いた。麻子が白い自販機の下をのぞき込みながら、暗闇の中にある小銭をこちらにほじくり返している。
「って、何やってるのよ冷泉さん!! ホームレスじゃあるまいに!!」
 慌てて駆け寄り、無理やり腕を引っ張って麻子の行動を止めさせた。
「なにすんだよそど子。小銭がもったいないだろ」
 拾った小銭を握りしめながら、麻子がごねる。
「あんたねえ、妙に小銭が多いと思ったら、その習慣が原因だったのね」
「まあね」
「どこまでがっついて……」言いかけてから、そど子はひやりとなり、「……貴方の家、そんなにお金に困ってるの……? 両親を亡くして、家族はおばあ様1人しかいないんでしょ。何だったら大洗にも無利子無返済の奨学金制度はあるし、成績も学年主席の貴方なら受けられるはずでしょ。
生活保護だって、生活福祉資金だって……」
「そうじゃないって。両親が生命保険に入ってたから、5000万円入ってる」
「は!?」
「ついでに」麻子は手持ちのスマホを動かし、株アプリを起動して、「ジュニアNISAも使って、利食い20%、損切り10%、テクニカル分析(玄人向けの株価分析)で株やってる。
自分の原則と数学的知識に従ってやってるから、今月で累計200万円の儲け、ついでに税金なし」
「生々しいこと言わないの! ったく、心配して損したわ!!」
 呆れつつも、そど子は麻子の腕を引っ張って中へ入っていった。さりげなく麻子は、先ほど手にした小銭を財布に入れる。
 そうは思いつつも、『家族はおばあ様1人しかいない』といった時、麻子が胸を突かれるようだったことが忘れられなかった。
 中はつややかなフローリングをした茶色い床で、壁もレザーのかかった白と赤という色。
 老いも若きもたむろしているが、特売セールのエリアに、妙な人だかりができていることに気づく。
「特売か?」
「さあ?」
「あんたもわからん人だ!」野太い男の声が響く。「ワシには可愛い一人娘がいるんだ! 高校の風紀委員長を懸命に勤めてるんだぞ!! 少なくとも一つは渡さないといかんのだ!! なぜ半分こにできない!?」
「あんたも礼儀知らずだねえ!!」続いて老婆の低めのしゃがれた声。「こんないたいけでか弱い老婆を大声で脅すのかい!! 私にだってねえ、両親を亡くして身寄りのなかった可愛い孫がいるんだよ!! それを私一人で育ててきたんだよ!! 極度の低血圧さえなければ、成績優秀で、戦車道の名運転手もあるんじゃから!! その子に最大のプレゼントをしないといけないのだよ!! 半分じゃ不足なんじゃよ!!」
 男と老婆がお互い大声で押しまくっているので、自然と買い物客の興味をひいてしまう。その冷たい視線を気にしながら、桃色の和服でおかっぱ頭の女性が懸命に2人の間に立ってなだめる。
 この声は2人とも聞き覚えがあった。思わず群衆をかき分けてみてみると、2人の口があんぐり開いてしまった。
「おばあ!!」
「父上!!」
 麻子とそど子の声が重なる。お互い顔を見合わせ「え?」と言う。
「ん? 麻子かい?」
「みどり子?」
 おばあは飄々としているのに対し、そど子の父はびくりとなってしまった。
「お前へのプレゼントを探してたんだよ、な、みどり子」
 急にかっこつける父親。
「なにしとるおばあ!!」麻子は懸命に詰め寄った。「なんで傍も気にせず喧嘩してるんだよ!!」
「なんだとは随分だね、老いた体を押して、可愛くもない孫のプレゼントを買おうと思ったらこの仕打ち」
「可愛くないならわざわざ学園艦にまで来るな!」
「先ほどは『可愛い孫』って言ってませんでした……?」
 文句を言う麻子に対し、恐る恐る、そど子はおばあに突っ込んだ。
「おや、そど子さんかえ?」
「ご無沙汰しています。冷泉さんのおばあ様」笑顔でおばあに頭を下げると、そど子は父に向き合って「いったい何があったというのですか!?」
 先ほどまでなだめていた、そど子の母が静かに、
「実は、鰹が特売品になっていて……。ちょうど今は秋で旬じゃない。みどり子にいい栄養を取らせようと思って、買おうと思ってたんだけれど、残り1匹というところになって、このおばあさんとかちわってね」
見れば、白い制服を着て唖然としている店員の手元に、白い発泡スチロールと氷の中に入った新鮮な鰹が丸ごと一匹、昔の名刀のように青白い光を放っている。
「ワシは、半分こにしようといったんじゃが……。どうにもこのおばあさんが譲ってくれなくてな」
「『二兎を追う者は二兎とも捕る』。それが私のポリシーだからね」
 決まり悪そうに言う父に対し、おばあはえへんと言う。
「それで、さっきあれだけ大声を出してたんですか……」そど子は今までのうっ憤をぶつけるかのように父を非難した。「大人げないですよ、父上!! ここは年長者の老婆に譲るべきなのに、私のためとか言って譲らなかった。父上も幼いころから私に教えたはずでしょ、『長幼の序』ってものを。
それに、このおばあ様のお孫さんであるこの冷泉さんは、重度の低血圧に苦しんでるんです。健常者の私よりも、病者の冷泉さんとその家族に譲ったほうがいいんじゃないんですか?
病者のほうを進んで助けるよう言ったのは父上ですよ」
「あれ?」
 そど子の母がはっとなった。
「母上?」
「初めてよね」母は微笑を浮かべて、言った。「あなたは初めて父上に逆らった。父上の過ちに気づいて、真っ先に非難した」
「え……?」そど子はぽっとなってしまい、「私……」
「ちょっと驚いちゃった」
 寛大に見守る母。
「すまん、みどり子……おばあさんも、麻子さんもすまなかった……」
 のぼせ上った頭が冷え、そど子の父は頭を下げた。
 それを見ながら、おばあはくっぷっぷっぷと笑った。
「じゃ、その鰹はすべて、私と私の孫がもらうという形でいいかね?」
 ただ1人、麻子だけがじっとその様子を見ていた。
 普段無表情の彼女らしくない、暗い表情で。
 
 
 麻子の祖母と、そど子の両親を送り出した後、2人は麻子の寮で一休みする。買ってきたカツオは冷凍庫の中に入れ、気が付くと2人はリビングの黒いソファーで隣り合わせに座っていた。周りには誰もいない。
 いつの間にやら日は傾き、空をオレンジ色に照らす形で太陽が赤く沈みかけていた。
「そど子って、両親のことを『父上』『母上』っていうんだな」
「それは、まあ……」
「カバさんチームにばらそうか? きっとみんな、そど子のことを気に入ると思うぞ」
「やめてよ! それより、あんたねえ」そど子が例によって麻子をなじってくる。「あんた問題児のくせに、家族はおばあ様1人しかいないんでしょ。あれだけ年老いてるのに、問題児のあんたを育てて。もう少し苦労を掛けないように、きちんとしなさいよ」
「それはこっちのセリフだ。あの両親を見るからに、相当神経質で口うるさい両親のはずだ。もう少し期待に応えろ。きっとそど子の学園艦下船時の荒れっぷりには気づいているはずだ」
 そど子は頬を染めて、
「冷泉さん……いや、れま子」
「ん?」
「もう気づいてるわよ……。父上も、母上も。
父上にこっぴどく怒られた」
「そうだろうな。ゴモパゾと一緒に夜の街をルノーB1bis(そど子達愛用の戦車)を乗り回していたそうだからな。おばあから聞いたぞ」
「……それだけ仲がいいってことなんでしょうね。あんたのおばあ様と、あんたは」
「仲がいいんじゃない。口うるさくて話のタネに持ち出されるだけだ。そど子の両親だって、離れていてもあんたのことを気遣っているはずだ。だから、あれこれ小言を言うのだろう」
「それは……」
 そうなのかもしれない。
 こうして1人暮らししている身だが、いつも両親は定期的に学園艦に来て、自分の様子を見ている(もちろん合いカギは持っている)。メールもひっきりなしに送ってくる。
 中には、勘当されて両親からも見放された子供や、ネグレクト・虐待された子供、親とですらほとんど会話なく、食事も別々な子供もいるという。特に引きこもりの子供は。
 自分に相応の器量があるとは思えないが、器量の完膚沙汰もなく、自分の子供ということで、両親は自分を気遣ってくるのだろう。
「相当気遣われているだろう? そど子の口うるさい様子から見て、相当口うるさく育てられているはずだ。
一人娘だろう、あんたは。
期待が大きいだろ」
「それは……」
 図星だ。
「由緒正しい名家の一人娘として生まれ、家の維持とそど子自身の幸せのために、必死に厳しく育てられたはずだろ。
父は礼儀・学問・花嫁修業を厳しく教え、母はそんな父をいさめつつ、そど子を慰め励ましたはずだろ。
きっと幼いあんたが寝るときに子守唄をうたったはずだ。
小学校に入ってからは、学業と社会性向上の両立をさせるうえで、どうすべきか悩んだはずだ。
思春期に入ってからはどんな男がいいか、寝ずに考えたはずだ。
寝る暇もなかったはずだ」
「れま子……!」
 すべて、本当のことだ。本当はそど子自身気づいていたが、見ないようにしてきた。
 それを、家庭の事情を直接話したこともない麻子が、すべてを知っており、自分に伝えてきた。
 真実を知らせるために。
 本当にそう思えた。
「か~あさん♪ か~あさん♪ お~はながながいのね~♪」
「れま子……歌違う……それ、『ぞうさん』。普通『夜なべして手袋云々』じゃない?」
 あきれつつも、気になった。きっと、麻子の祖母だって、同じ気持ちなのかもしれない。
「れま子は寂しくないの? 両親がいなくて」
 麻子は、はっと息をのむ。
「え……?」
「……最初はね。でも、もう慣れた……」いつものぶっきらぼうな口調とは裏腹に、声がかすかに震えていることが分かった。「それからはおばあが熱心に世話をしてくれたし、大洗に入学して離れ離れになったって、沙織がいつもおこしに来て、面倒見て……」
 声がかすれ、小さくなっていく。いつの間にやら、そど子と麻子の距離が縮まり、2人の手が重なっていた。
「も、もういいわよ、もうわかったわ……ごめんね……いやなこと、思い出させちゃって」
 これ以上、麻子を悲しませたくなかった。
「そど子はうらやましいなあ。こうして気遣ってくれる両親がいて」どんどん彼女の声がかすれていく。「こちらこそ、すまなかったな。さっきはやっかんで、一気呵成にまくし立ててしまった」
「いえ、いいのよ。辛いのはわかるから……。ま、私にはうっとおしいだけだけどね、今となっては。特に父上は目の上のたん瘤で、すごく苦手」
「私もおばあは苦手だ。家族を苦手としてるのは、そど子と変わらないかもしれないね。
でも……会いたいと思ってるんだ。
おばあだけではなくて、お父さんとお母さんに」
『さっき「もう慣れた」って言ってなかったか?』と他人なら突っ込みそうな気がするが、そど子はわかっていた。
 ただの強がりだということに。
「……実際に会ったら、口酸っぱく注意されたり怒られたりするだけかもしれないわよ。ましてれま子は、遅刻常習犯だし、授業中に居眠りをよくするらしいし、夜は逆に元気だし」
「でもね……それでもそど子がうらやましいんだ……私は、会いたいと思っても会えないから……会いたい……」
『会いたい』というあたりから、麻子の声が鼻声になり、鼻をすする音が何度も聞こえた。
「れま子……」
 そど子が麻子の横顔をのぞき込む。その目には涙がいっぱいたまっていた。体の力が抜けてそど子の膝に突っ伏す。
「会いたい……会いたいよ……会いたいよぉ……そど子のように……。
さみしいよぉ……。
お父さんや……お母さんに……会いたいよぉ……」
 そど子の膝に顔をうずめて、麻子はすすり泣いていた。
 そど子はそれ以上何も言わず、右手を麻子の頭に優しく差し伸べた。微笑みを浮かべ。
 母が娘にするように。
 日は暮れて夜になっていたが、2人とも、麻子の部屋でしばらく過ごした。
 麻子をけむったがる気持ちはなかった。そど子の気持ちは、晴れていた。
(私、あの2人を両親に持ってよかった。れま子にも、これから寂しい思いをさせたくない。私が家族のように、そばにいたい)
 
 
「やっぱり、ないぜよ……」
 うず高く積まった古文書に囲まれながら、おりょうは白いタンクトップ、緑色のチェックで薄手の半ズボンという姿で幕臣の家系図を読み漁っていた。一緒に住んでいる3人の友達はもう床に入っており、彼女たちを気遣い、暗闇に電球一本をともして資料を探す。
「おりょう、あんまり徹夜すると、明日の授業や戦車道の練習に響くでござるよ」
 左衛門佐が気遣ってくる。腰までかかる長い黒髪を後頭部で一本しばって、白い襦袢という寝巻の姿になっていた。
「そうはいかんぜよ。幕末の知識はワシの唯一の取り柄なんじゃから。勉強にもなるし」
「そうはいっても、そど子殿も無理難題を押し付けるもんでござるよ。幕末の老中なんて、政府の大臣ではなく、徳川家の執事みたいなものだし、そろって無能だし」
「その台詞、そど子殿が聞いたら怒るぜよ」おりょうは苦笑いしながら、「そど子殿が幕臣の生まれだったらどうするぜよ?」
「……正直、我ら歴女組の仲間に入れたい気分もするのだが……何しろ、口うるさいしなあ。風紀更生のときは真田信繁(幸村)関連の装飾を全部取り上げられたものだし」
「ワシも法被を取り上げられたからのう。生き様も個性もなくなり、モブキャラか凡人になり果てた気分になったもんぜよ……」
「あの時は仕返しした時、清々したもんなあ」
 あくの強い歴女組。尊敬する偉人に倣った衣装を取り上げられたのは何よりつらかったのを覚えている。
 おりょうは、つみあがった茶色の古文書の一番上の本をとって、
「でもいないと、やっぱりさびしいぜよ。大切な戦車道仲間だし、何より……几帳面な風紀委員の鑑じゃ」
「そうでござるな。拙者も、筆頭風紀委員の投票のときは、いつも彼女に一票入れているでござるし」
「ワシもぜよ。まるでママみたいなもんじゃ」
「ママ?」
「お、お母さん! いつも携帯から連絡をしてきてうるさいけど、常にワシを気遣っておるからのう」
『ママ』という言葉に、左衛門佐はにやにやしながら、
「では、そど子殿が大洗の『ママ』というところでござるか?」
「ママいうでない」
「じゃ、拙者も微力ながら手伝わせてもらうでござる」
 左衛門佐は手を伸ばし、おりょうの見つけた古文書を読み始めた。
 
 
終わり
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あとがき


ストーリー・キーワードはずばり『親』。
そど子が両親に葛藤しながらも、両親を早くに亡くし祖母に育てられた冷泉麻子を見て、1日の中で、親について見直していくというストーリーです。
と思ったらそどまこが入ってたり。
元々そど子を含むカモさんチームはなぜか、公式設定でも家族構成が不明なので、かえって想像力が膨らみました。
戦車道を行うに当たって、
「究極の良妻賢母『スーパー風紀委員』になるために」
というセリフから察するに(おかっぱ頭もそうなのだろうが)、こてこての保守的な家庭で育ってきたんじゃないかと。『良妻賢母』という言葉自体が古い考え方で性差別な気がすると僕は思うんだけどなあ。
(後述するが、附属池田小事件の犯人である宅間守の家も、薩摩藩の下級武士で教育勅語を信奉していたという。そど子の父の一人称が『ワシ』なのはそれを参考にしている)
本当に名家の家だったら、カバさんチーム(歴女チーム)と仲良くなれそうなんだけど。そう思って、おりょうとのやり取りを遊び心で加えてみました。
本当は公式で母と父両方が登場していた秋山優花里のほうがよかったのかもしれないけど……いかんせんガルパンは母キャラが多くても父キャラがほとんどいないからなあ。
結局は、僕自身がそど子を一番気に入っているということと、幼少期に両親を亡くして祖母一人に育てられた麻子との対比ができるということで、主人公をそど子にしましたが。
そど子の家の掛け軸に『蒔かぬ種は生えぬ』としたのは、麻子の座右の銘である『果報は寝て待て』と対にするためです。


劇場版で大洗女子学園が廃校になりかけた時、カモさんチーム以外の風紀委員が全員ヒャッハー化したというのはギャグのつもりですが、どうでしょう?
コミカライズ版では下船後グレてしまったカモさんチームが夜の街で戦車を乗り回し、麻子のおばあに叱責されるシーンがありましたが、そこから発想してみました。
それにしても少子化が叫ばれている中で、100人以上の風紀委員を持つ大洗って実は大学校なのでは……なんで辻廉太(役人)は廃校に追い込もうとしたんだろう。


もともと僕は、両親の仲が悪い家庭に育っており、喧嘩が耐えなくて家にいづらい環境でした。そのためか、『恋愛だけが幸せではない』『結婚=幸せではない』という観点が早くから身についており、両親に対しても不信と憎しみの思いが強いです。
ためか、主人公の親族を敵役にしやすいところがあって……。Cross Balladeでも、主人公の妹ないし父が敵役という設定だったしなあ。
(ちなみにディズニーの悪役の中では『ライオン・キング』のスカーが一番好きなんだけれど、彼も主人公シンバの叔父。そういえば、スターウォーズではダースベイダーが一番好き。主人公ルークの父ですね)
今回のそど子の物語は、僕自身の『家族・両親』に対する複雑な思いを集約させたつもりなのですが、どうでしょう?
(逆に仮面ライダーにありがちな敵役『企業・組織』というのは、個別株をやっているということもあって、
『それ自体は悪ではなく、れっきとした社会の一部』
『企業だって、社会貢献と採算の間で折り合いをつけて頑張っている』
という持論があったり)


家族というのは、自分にとって一番近くの存在。
ただ、同時にお互いが見えなくなることと、その絆の断絶が、時として凶悪事件にもつながりやすいということがよくわかります。
先ほど述べた宅間守は親にほとんどネグレクトされた環境で育ち、その逆に秋葉原通り魔事件の加藤智大は母親から過剰なまでの介入や教育を受けて育っていたんだけれども、共通するのは、親と完全に心が断絶していたということ。
宅間は親に対し「ヤクザを使ってお前等の人生めちゃくちゃにしてやる」と思っていたというし、加藤は取り調べ中母親を「あんな奴は他人だ」と言ったといわれています。
『引きこもり』『オタク』に大きくネガティブな印象を与えた東京埼玉連続幼女誘拐事件の犯人・宮崎勤も、知的障害を持つ使用人と、町会議員まで務めた祖父に育てられており、(両親が印刷会社経営で共働きだったこともある)成人してからも、定職に就かず家族との折り合いも悪かったとか。(今の引きこもりもみなそんなんだと思うが。)


切っても切れないし、うっとうしくもそばにいて、大きく影響されていくのが家族ではないかと。
僕にとっても両親はうるさいし、そのせいで家に居づらかったのも確かだったけど、それでも両親が守ってくれたおかげでここまで来れた。
ちなみに僕の場合はそど子と逆で、元教師の母が厳しく、父がおとなしかったんだけど。
(僕自身も物語ラストのそど子のように、素直な気持ちになれるといいんだけどなあ。最近また母と喧嘩しちゃった。それも僕が一方的に掴み殴る感じ)


当初この作品は戯作のつもりでしたが、テーマを『両親』にしてから急に気が重くなり、執筆にかなり時間がかかったのを覚えてます。
それでも、書いていて自分をぶつけやすかったのはよかったですね。


posted by SPIRIT at 08:38| Comment(0) | 自作小説(二次創作) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする