それよりも、まひろと三郎が嘘をつきつつ、互いに接近していったというくだりが妙に気になった。
『嘘も方便』
という言葉があるが、まひろは下級貴族であることと、母を見殺しにした父の恨みから嘘をつき、三郎は老獪な政治的駆け引きを多用する上級摂関家の窮屈さから嘘をついていたように思える。
お互いに嘘をつき合ったことが、かえって互いを接近させることになったと。
まひろの父である為時も、表向きは儒学を極めた学者肌で王道を求めていたものの、裏ではまひろを間者代わりに使うなどの策略を多用していた。
老獪な政治的駆け引きが多用された当時の貴族社会においては、王道だけではやっていけないのも事実で、策略などの寝技・覇道も多く行われていた。
その中でまひろは倫子に対する思いと、父親に対する複雑な感情を吐露するのであるが……。
彼女自身、三郎にはもちろん、自分自身にも嘘をついているのかもしれない。
僕自身は自分自身への偽りを嫌っていて、できる限り後悔のない人生を送りたいと思っているが、まひろの父に対する複雑な感情は、僕自身の両親への思いにも重なる。
そんなおり、円融天皇が体調不良で位を花山天皇に譲り、花山天皇は右大臣も摂関家の左大臣も信用せず、為時をはじめとした側近たちを重用するようになる。
とはいえ女好きであるということが、足元をすくわれることになると思うのだが……。
摂関家は次なる策略を使い、権力をわがものにしようとしているようだが、果たしてと思う。
竹取物語(=かぐや姫)の物語において、上級貴族に無理難題を押し付けたかぐや姫が
『人々の怒りを代用している』
とまひろは解釈していたが、果たして、と思う。
最終的には育ての親である翁と媼も捨てて、天人になっちゃうわけだし。
天人からすると、俗物である人間は取るに足らないと思ったということだろうか。

