2024年10月05日

撤退戦の行方 ~アニメ『逃げ上手の若君 第12話「がんばれ時行、鎌倉奪還のその日まで」感想』~(Whereabouts of Retreat Battle -Impression of Anime ”The Elusive Samurai” 12th ‘Pump It Up, Tokiyuki, Until The Day That He Re-Conquer Kamakura’-)



個人的には中先代の乱と、諏訪頼重と北条時行の別れを描いてほしいと思ったんだけど、とにもかくにもアニメ『逃げ上手の若君』はここで最終回。


無能な清原信濃守の下、撤退を行い始めた保科を追い詰める貞宗一派。
しかしながら、弧四郎をはじめとしたヒットアンドアウェイの部隊に翻弄され、最終的には追手の大将を討ち取られてしまう。
清原信濃守は、楠木正成の策を体面が悪いというだけで退け、彼を死に追いやった坊門清忠がモチーフなのか。
所詮現場で戦場に出たことのない公家には、戦のいろはもわからないということなのであろう。



そして、弧四郎は現場で様々な人間を指揮しつつ、彼らの顔を覚えていこうと決意する。
この辺りは優秀な副官かな。
顔と名前を一致できない僕は見習いたいと思ったりも。



撤退戦を味わった時行は、戦場で命をかけようとする武将に、できる限り生き延びてもらおうと決意する。
このあたりが、中先代の乱で大きな戦力を持つ一因となってくるわけね。



個人的には第2シーズンも見たいこのアニメでした。
これだけだとやまがないので。



個人的には第2シーズンも見たいこのアニメでした。
これだけだとやまがないので。
                   

2024年10月01日

死に時と生き時 ~アニメ『逃げ上手の若君 第11回「死にたがりと逃げ上手」感想』~(The Time We Should Live And Die -Impression of Anime ”The Elusive Samurai” 11th’People Wanting to Die and People Are Good At Escape ’-)



南北朝時代の平均寿命は15歳で、人間五十年にも満たなかったとされる。
天下泰平の江戸時代の平均寿命も48歳で50年にも満たなかった。

平均寿命が50歳を超えるのは、第二次大戦後にやっととされている。


いつ死ぬかわからないなかで、南北朝時代の武士は土地と戦場に命をかけ、名誉に甘んじたのも事実だろう。
今回登場した猪突猛進の保科弥三郎もその1人だったと思える。

とはいえ時行の家族は全員自害しても、後世の印象に残ったり褒められたりしたことは何もない。
こういう時に死ぬのは犬死だと時行は解きたかったわけね。

それは北条一族とは違った道であると。


死ぬ暇があったら生きるという時行の言は、
「自分を捨てて綺麗に死んでいくより、小汚くても自分らしく生きることのほうがよっぽど上等だ(坂田銀時)」
というセリフにもつながる。
時行は生き延びて3回鎌倉を奪還し、父の高時が自害した時からちょうど20年後に斬首されることになる。
それまでに逃げ上手の若君がどのように生きていくかが見もの。

とはいえ次回が最終回か。
個人的には中先代の乱を引き起こし、時行と諏訪頼重が別れる姿を見たかったのだけれども。



「生きて大望の見込みあればいつまでも生くべし、死して不朽の見込みあらばいつでも死すべし」
といえば、幕末の吉田松陰の言である。
僕にも
『日本や世界のいろいろなものを見て回る』
という大望がある。

仮想寿命を75歳と決めた身だけど、納得いくまでは生きたい気がする。

                   

2024年09月24日

神力が動く最後の時代 ~アニメ『逃げ上手の若君 第10回「変態稚児と神力騒動」感想』~(The Last Era In Which The God Power Influence -Impression of Anime ”The Elusive Samurai 10th ‘The Pervert Child and The Incident Of God Power’”-)



悪党たちとの戦いで予知が働かなかった諏訪頼重は、北条時行に様々な神力の回復方法を頼む。
それが
『うなぎ、にんにく、さらには巫女の人形を使ったSM道具』
などなど。
挙句郎党から変態扱いされる時行が不憫。
たしかに
『貴人、情を知らず(旧幕臣が徳川慶喜を皮肉って言った言葉)』
というけれど、情は結構あるんじゃあ。


そして最後に、山の水を頼まれて時行が行くと、そこには聖地の中にたたずむ雫が。
雫は何を考えているかわからない不思議っ子と同時に、頼重の突っ込み役と言っていいけれど、この時は神力を発揮して結構神秘的だった。
様々な鵺を見る時行は、いったい何を思ったのだろうか。



そして、いずれ神力が人の手によってさまざまに解明され、神と神力が無くなっていくことを予見する頼重。
確かに、悪魔の仕業と考えられていた日食も、太陽と地球のあいだに月が入り込むことによって発覚したもんなあ。
病気の治療も、南北朝時代は生薬か加持祈祷でしか治療できなかったものが、様々な西洋医学と薬学が発達して、今や日本は人生100年時代と言われるようになった。

『人間が神ではないか』
と考えている人もいる中で、失われた神と神力に対する『畏れ』。
それをこの物語で描くことは…ないだろうなあ。

(手塚治虫の『火の鳥 復活編』では、医学が発達してもそれでも届かない領域に対する『畏れ』が描かれていたけれど)


そして、怪物じみた神力を持つのは、足利尊氏もそうだったわけだ。
後に観応の擾乱で対立することになる弟・直義とも、この時は仲が良かったわけだ。
建武の新政が行き詰まっていく中で、尊氏は直義に鎌倉を守護するよう命じる。
感情の起伏の激しい尊氏に対し、冷静沈着だったとされる直義。
この二頭政治があったからこそ、北朝は安定していたといわれているが。
それでも高師直をはじめとする型破り派の動きを抑えることができず、直義と尊氏は対立してしまうわけね。
直義と尊氏の対立の原因には、尊氏の優柔不断があったともいわれているが、それでもカリスマというべき怪物性は持っているわけだ。